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投資を始めたきっかけ

①叶わない異動を待ち続けた日々
コロナ禍が始まる少し前、私は本気で転職を考えていました。
製造業に就職してから十数年。入社当初から「いつかは自分が本当にやりたい仕事に就きたい」という思いを持ち続けていました。しかし、現実はそう簡単ではありません。希望を出しても異動は叶わず、毎年のように「今年もダメだったか」と肩を落とす日々が続いていました。
そんな中、世の中は新型コロナウイルスという誰も経験したことのない状況に突入します。ニュースでは毎日のように感染者数が報じられ、企業では採用の見直しや求人の減少が相次ぎました。転職市場も一気に冷え込み、「今辞めるのは危険かもしれない」という空気が社会全体に漂っていました。
それでも私の中では、「このまま今の仕事を続けていて、本当に後悔しないだろうか」という気持ちが日に日に大きくなっていきました。
気づけば34歳。
当時の私は 、「転職は35歳が一つの壁」とよく耳にしていました。本当にそうなのかは分かりません。それでも、自分の中では35歳という数字が大きなリミットのように感じられていました。
「あと一年しかない。」そんな焦りが毎日のように頭をよぎっていました。
会社へ向かう朝の車の中でも、仕事をしている最中でも、休日に家族と過ごしている時間でも、頭のどこかで将来のことを考えていました。
「このまま定年まで今の仕事を続けるのか。」
「本当にやりたかった仕事は、このまま諦めるのか。」
そんなことばかり考えていた気がします。不思議なことに、その頃は夢の中でも仕事のことばかりでした。
上司に呼ばれて「異動の話がある」と言われる夢。
逆に、自分が会社へ退職届を提出している夢。
希望していた部署へ異動できる夢。
目が覚めた瞬間、「夢だったのか」と落胆することも何度もありました。
それだけ自分の中で、その思いが大きくなっていたのでしょう。
毎年の人事異動の時期になるたびに少しだけ期待し、そして何も変わらない現実に落胆する。その繰り返しでした。

②異動が導いた新たな価値観
ある時、私は心の中で一つの決断をしました。
「もしこの年齢になっても希望の仕事に就けないのであれば、一度会社を辞めよう。」退職してからでも転職活動はできる。もちろん収入がなくなる不安はありました。家族もいます。住宅ローンもあります。簡単な決断ではありません。それでも、「一度きりの人生、このまま後悔だけはしたくない」という思いの方が強くなっていました。
そんな矢先でした。突然、上司から呼び出しを受けました。「異動の話がある。」その言葉を聞いた瞬間、胸が大きく高鳴りました。何度も夢で見た光景と全く同じだったからです。半信半疑で話を聞いていると、まさかの希望部署への異動。
その瞬間、頭の中が真っ白になりました。長年追い続けてきた夢が、ようやく現実になったのです。周囲からは「良かったね」「念願だったじゃないか」と声をかけてもらいました。もちろん嬉しかったです。
しかし、今振り返ると、一番強かった感情は「嬉しい」ではありませんでした。「ようやくだ。」「これでやっと前へ進める。」そんな安堵感の方が大きかったことを今でも覚えています。新しい部署での仕事は、想像していた通りやりがいがありました。
覚えることも多く、大変ではありましたが、毎日が新鮮でした。「やっと夢が叶った。」そう思える環境に立てたはずでした。ところが、不思議なことが起こります。何年も憧れていた場所に立ったにもかかわらず、心のどこかにぽっかり穴が空いたような感覚があったのです。
「これが夢だったはずなのに。」「どうして満たされないんだろう。」自分でも理由が分かりませんでした。ずっと追い続けてきた目標だったからこそ、それを達成した瞬間に、次に目指すものを見失ってしまったのかもしれません。
夢を叶えた喜びよりも、「その先」を考えるようになっていました。そんな頃、会社で経営に関わる仕事を任せてもらう機会がありました。今まで現場中心だった私にとって、経営という視点はとても新鮮でした。
会社はどう利益を生み出しているのか。なぜ売上だけではなく利益が重要なのか。企業はどのように成長していくのか。もっと知りたいと思い、経営や経済、お金に関する本を読み始めました。

③夢の先で見つけた本当の使命
それまでの私は、「仕事とは会社から給料をもらうもの」という考えしかありませんでした。
しかし、本を読む中で、一つの言葉に出会います。「人から感謝され、その対価としてお金をいただく。」
その一文を読んだ瞬間、まるで頭の中に雷が落ちたような衝撃を受けました。「これだ。」心の中でそう思いました。会社から給料をもらうことだけが仕事ではない。誰かの悩みを解決し、誰かに喜んでもらい、その感謝の気持ちがお金という形になって返ってくる。
その考え方は、それまでの私にはなかった価値観でした。振り返ってみると、私が本当に求めていたのは「希望の部署に異動すること」ではなかったのかもしれません。人に喜んでもらえること。誰かの役に立てること。自分自身の力で価値を生み出せること。それこそが、私が心の奥底で求めていた働き方だったのです。
この言葉との出会いをきっかけに、私の人生は少しずつ変わり始めました。会社員として働くだけではなく、「自分には何ができるのか」「誰に価値を届けられるのか」を考えるようになり、お金や投資、経済について学ぶ時間も増えていきました。
あの日、希望の部署へ異動できたことは間違いなく人生の大きな転機でした。しかし、本当の転機は、その後に出会った一冊の本と、一つの言葉だったのかもしれません。夢を叶えたことで終わるのではなく、その先に新しい夢を見つけることができた。その経験が、今の私の原点になっています。
④感謝を届ける活動への第一歩

「人から感謝され、その対価としてお金をいただく。」
この言葉と出会ってから、私の中で働くことへの考え方が大きく変わりました。
会社員として働くことにやりがいはありました。
しかし、自分が本当に目指したいのは、会社から評価されることだけではなく、自分自身の力で誰かの役に立ち、「ありがとう」と言っていただける仕事をすることでした。そこで、私の次の夢は「人のために感謝される仕事をすること」になりました。
とはいえ、夢や思いだけでは現実は変わりません。知識も経験も人脈もなく、一人では何から始めればよいのか分からず、行動したくても前へ進めない日々が続きました。
そんな時に出会ったのが、『金持ち父さん 貧乏父さん』という一冊の本です。この本を読んだことで、「収入は会社から給料をもらうだけではない」という新しい考え方を知りました。資産を築き、お金にも働いてもらうという発想は、それまでの私にはなかった価値観でした。
さらに、その学びを深める中で人生のメン ターと出会い、投資を学び始めました。メンターから教わったのは、投資の知識だけではありません。物事の考え方、人との向き合い方、そして人に価値を届けることの大切さです。その学びがあったからこそ、今の私があります。心から感謝しています。
そして今度は、私自身がメンターのように誰かの人生のきっかけとなり、お金や投資を通して将来への不安を希望に変えられる存在になりたいと思うようになりました。
その思いを形にしたのが「名古屋投資クラブ」です。一人でも多くの方が、お金の知識を身につけ、自分らしい人生を歩めるよう、その一歩を後押しできる存在でありたい。それが、現在の私の活動につながっています。
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